春先の 合宿
『谷中!(谷中 努) どこでやろうか~?』 って 地図を見ながら・・・
茨城(僕の第2の「地元」)とか 千葉とか 暖かいところ 沖縄とか どうよ? そっか 『飛行機乗るんなら 海外 行っちゃおうか・・・』 そんな ノリで!
初日 1っ発目の練習に 出かける ホテルの1室 若干 ノリノリ 浮かれて この姿・・・
中学から始めたレース 高校の自転車部へ入って その後の進路 ちょっとだけ 誘いもあったんだけど 練習環境の良い(弱小)チームを選び所蔵・・・ やるべきことは 解っているので そうそう どうせ みんなと勝負しなきゃならないんだから 別に 強いチーム入る必要を 感じてなかった
実際は トップチームとは異なり 待遇的には かなり厳しいことは 充分に承知していて ただ 「勝ち上がればいい」 それだけ考えていた・・・
ニチナオ(Nichinao SiDI Campagnolo Team)で走るようになって これまでは 「(全ての選手を)追い抜く」 ことだけしか考えてなく 「上を観る」 しかなかったんだけど しかも 年下の選手なんか 「ガンちゅう」になかった・・・ でも
「角井 隆司」と 「谷中 努」 この 2人に会い 一緒に走るようになって 僕は今後 『将来 敵わないかもしれない』 そう想わせた 唯の2人・・・ いま現在までも いまでも そう確信している・・・
この2人 トラックでのレース クリテリウム もちろんロードレースでも スタートした瞬間から ガッツリ 行っちゃう・・・ 「ちょっと様子を見る」 そんな悠長なことを考えていると あっと言う間に 「逃げに入ってて・・・」 少しでもスピードが緩めば 「サクッと アタックしていて・・・」 僕よりも 先に動かれるレースをされて・・・ こいつら 2人とも 1000mTT 1分10秒を軽く切るスピードで走り 登りは 超一級・・・ しかも レースセンス 抜群・・・
そんな選手が 強くなりきれずに レース界で 存分に活躍できない環境だった事実は 国内のレース環境 事情 『ダイヤモンドの原石が 磨かれることなく 摘まれる (僕も言われてたみたいだけど)』 決して 「育てる」 環境ではなかったんだ
7枚のスプロケット(7速)で Wレバー(ダウンチューブでシフト) 32本のスポーク車輪に もちろん スチールフレームで 修善寺 16周(時計回り 正周り)のレース 1周目の突っ込み 7分台で普通に入って・・・ でも 集団がバラバラになることなく 平均8分前半で周っているリザルトが あたりまえだった当時と なんで スペックアップした機材を使った現代 時計が 変らない? 遅い? なんで・・・? 不思議な現象・・・
アパートの 下のガレージには ラリー車と 欧州車と イタリア製のスーツが普段着で・・・ レースの合間に (気ままに)環境の良い 海外を拠点に練習・・・ どんなプロスポーツ選手でも まあ 特別なことではない! 「プロ」は 全部が「プロ」じゃなきゃ 子供たちの 「憧れ」には ならない 僕は そう想う
そして 選手の次・・・ プロショップ? チームの運営? 起業? 解説? 業界へ就く? 連盟へ? でも そうそう 簡単ではない!? 「そういえば あの選手 いまなにを・・・?」 そう 現在では ようやく 「指導者」っていう言葉も やっと? でもまぁ~ 半端! 素人衆に やられてしまうようでは どんな戦績があっても ダメダメ・・・ まったく 酷いありさまだ! とくに これまでも これからも いまも 欧州から帰ってきた選手の今後 (国内での)選手の今後は サイクリストの 『起源』に 大きく関わり 左右されていることは事実で 自転車レース業界が担う 大きな課題 問題である
僕は 選手の立場から こんなことを想い 考える
ご質問 問い合わせなどは ココ
charipro SeijiSaito
Official website:http://www.charipro.com/
『谷中!(谷中 努) どこでやろうか~?』 って 地図を見ながら・・・
茨城(僕の第2の「地元」)とか 千葉とか 暖かいところ 沖縄とか どうよ? そっか 『飛行機乗るんなら 海外 行っちゃおうか・・・』 そんな ノリで!
初日 1っ発目の練習に 出かける ホテルの1室 若干 ノリノリ 浮かれて この姿・・・
中学から始めたレース 高校の自転車部へ入って その後の進路 ちょっとだけ 誘いもあったんだけど 練習環境の良い(弱小)チームを選び所蔵・・・ やるべきことは 解っているので そうそう どうせ みんなと勝負しなきゃならないんだから 別に 強いチーム入る必要を 感じてなかった
実際は トップチームとは異なり 待遇的には かなり厳しいことは 充分に承知していて ただ 「勝ち上がればいい」 それだけ考えていた・・・
ニチナオ(Nichinao SiDI Campagnolo Team)で走るようになって これまでは 「(全ての選手を)追い抜く」 ことだけしか考えてなく 「上を観る」 しかなかったんだけど しかも 年下の選手なんか 「ガンちゅう」になかった・・・ でも
「角井 隆司」と 「谷中 努」 この 2人に会い 一緒に走るようになって 僕は今後 『将来 敵わないかもしれない』 そう想わせた 唯の2人・・・ いま現在までも いまでも そう確信している・・・
この2人 トラックでのレース クリテリウム もちろんロードレースでも スタートした瞬間から ガッツリ 行っちゃう・・・ 「ちょっと様子を見る」 そんな悠長なことを考えていると あっと言う間に 「逃げに入ってて・・・」 少しでもスピードが緩めば 「サクッと アタックしていて・・・」 僕よりも 先に動かれるレースをされて・・・ こいつら 2人とも 1000mTT 1分10秒を軽く切るスピードで走り 登りは 超一級・・・ しかも レースセンス 抜群・・・
そんな選手が 強くなりきれずに レース界で 存分に活躍できない環境だった事実は 国内のレース環境 事情 『ダイヤモンドの原石が 磨かれることなく 摘まれる (僕も言われてたみたいだけど)』 決して 「育てる」 環境ではなかったんだ
7枚のスプロケット(7速)で Wレバー(ダウンチューブでシフト) 32本のスポーク車輪に もちろん スチールフレームで 修善寺 16周(時計回り 正周り)のレース 1周目の突っ込み 7分台で普通に入って・・・ でも 集団がバラバラになることなく 平均8分前半で周っているリザルトが あたりまえだった当時と なんで スペックアップした機材を使った現代 時計が 変らない? 遅い? なんで・・・? 不思議な現象・・・
アパートの 下のガレージには ラリー車と 欧州車と イタリア製のスーツが普段着で・・・ レースの合間に (気ままに)環境の良い 海外を拠点に練習・・・ どんなプロスポーツ選手でも まあ 特別なことではない! 「プロ」は 全部が「プロ」じゃなきゃ 子供たちの 「憧れ」には ならない 僕は そう想う
そして 選手の次・・・ プロショップ? チームの運営? 起業? 解説? 業界へ就く? 連盟へ? でも そうそう 簡単ではない!? 「そういえば あの選手 いまなにを・・・?」 そう 現在では ようやく 「指導者」っていう言葉も やっと? でもまぁ~ 半端! 素人衆に やられてしまうようでは どんな戦績があっても ダメダメ・・・ まったく 酷いありさまだ! とくに これまでも これからも いまも 欧州から帰ってきた選手の今後 (国内での)選手の今後は サイクリストの 『起源』に 大きく関わり 左右されていることは事実で 自転車レース業界が担う 大きな課題 問題である
僕は 選手の立場から こんなことを想い 考える
ご質問 問い合わせなどは ココ
charipro SeijiSaito
Official website:http://www.charipro.com/