20191225

Season's Greeting


こんな時期になって施設の問題がモタツキ いつもながら綱渡り的な状況 そろそろ こんな環境から足を洗う良いタイミングかと まあ期待と欲望は無限へ スピードを出力し刻み込みながら着々と築きたいと 2001年に選手からトレーナーへ転身 当初から側溝を這い泥水を喰らいながら パーソナルトレーナー業を滑り出し 来季は 2020年 そんな意味合いを含めたグリーティング ストリートアドレスを預かっているみなさと 欧州の各チームへ

そう 2000年以前の欧州(UCI/世界)では ザックリしたカテゴリーで構成されていて プロとかアマのカテゴリーではなく レースを走る選手は「カテゴリー1. 2. 3.」初めてのレース(ジュニアやホビー)は「カテゴリー3」から開始し(グランツールを走る)トッププロが「カテゴリー1」トッププロに臨む選手に「カテゴリー2」があり 選手にカテゴリーが振り分けられ カテゴリーに指定されたレースのみ出場ができる イチオウピラミッド構造【現在に表すと「カテ1」WTとPCTの上位陣「カテ2」PCTとCTの僅かな上位陣 またエリートアマチュア(またアマカテ1上位陣)「カテ3」アマチュアカテ1. 2.3. ジュニア】 なので昔は とっとと「カテ3」のレースで結果を出して「カテ2. 3.」のレースを走れるようになって メジャー選手も出場する「カテ1.2.」のレースへ臨む この場所で走れるようになれば 欧州のチームから声が掛かることや「カテ1」に昇格することができる仕組みだった でも現在のようにチームが組織化していなかったため(欧州)メジャーチームに所属していても 選手の実力によって年間契約ができず 選手個人でスポンサーを探し収入を得ることは常識だった メジャーチームの選手であっても 実力を認められ ジロのメンバーに選ばれても 4か月の契約(その契約金)だけの選手は 選手を続けるためのには どこからか収入を得ることが必要で 他にスポンサー収入が得られないような選手は 普通に副業をする選手も当たり前のように存在していた時代だった(ジロを完走できる選手であっても「ソックスを売って商売している」そんな選手も少なくなかった)まあその反面 強い選手が稼ぐギャラは破格 オフの期間に使う「(遊ぶ)金の使い方」半端なかった情報を聴くことは プロスポーツ選手が レース以外で「夢を売る」選手の大切な仕事なのかと 憧れを魅ていた

そんな頃 東京の高校の自転車部からアンダー(U23)になって(練習環境を考え)茨城県を拠点とする弱小チーム(自転車部品製造メーカー/栄輪業)に所属した フルタイムの社員として選手を開始 月給の他に 仕事の一環としてレースができる待遇 活動の費用は全て供給され(レース中は欠勤にはならない)(自社製品のパーツまたウエアーも供給を受け その他の機材は実費)工場勤務「鋳造技術研究科」理系出身の先輩方々いる研究室が職場 まあ学校に通っているかのような職場環境だった 8時から17時までの勤務時間 しかも休日は日曜日だけ まあ入社前から承知していたことだ 住まいも工場内に寮はあったんだけど 定員で空きがなく 会社が近所にアパートを用意してくれて 寮として住まいも確保 また(会社の)工場長の権限から選手は練習のため「9時出社」出勤時間も(少しだけど)優遇され チーム練習は毎朝5時30分より 2時間30分 全員で練習する まあチーム練習とは言っても弱小チームのメンバーなので強い選手は所属していない(先輩すみません)練習もガチになれば秒読みで(毎日オレの)独走 まあこのことも最初っから解っていたこと 東京での(1人)練習を考えれば 練習環境の良い地(茨城県の地)場所を選んだ訳で このあたりも「1人で強くなる」その自信はあった訳だ もちろん朝練習だけでは負荷が足りないので 退社後も(残業もあったけど)1時間30分程度と 休日の日曜日には5時間の練習が シーズンのルーチン

この地で2シーズン(アンダー2年目)国内のレースでは(時折ナショナルには呼んでもらったり)そこそこ上位には入るけど「勝ちに絡めない」とっとと強くなって欧州へ行きたい訳だけど この2年のやってきたルーチン「何かが違う(練習時間と乗り込みができていないことは解ってはいたけど)」勝ちに絡めない理由「仮に今のルーチンを2倍にしても強くはなれない?」そう自己分析し判断 2シーズンを終えたオフに 脳の中身全てをリカバリーさせ これまでの考え方 勝手な理論も全て白紙から創りなおすことにした まず「カラダの診なおし」そもそもの根本から3シーズン目に臨んだ まあ結局(アンダーの2年)時間を使ってしまったんだけど結果として カラダの診なおしから「乗り方」「走り方」の変化と「練習(スピード練習)」時速を上げる練習 この年(アンダー3年目)大井のレース(現TOJ)では逃げて表彰台 以降のレースでも全て逃げの展開 勝ちは少なかったんだけど 出場するレースは全て逃げ切るレースでリザルトを残し アンダー3年目を終えた「もうここでやることはない」 このチームを離れた

当時はまだ欧州への路 多額の資金でもない限りは不可能な時代 あてもなく東京へ戻ってきて 無職のまま平日の昼間(オフ)練習を開始していた 高校時代からお世話になっているチームの練習に参加したりと シーズンに備えることは怠らず でも東京に戻ってみると意外に自分でも驚くほど「オレの名前」が通っていてビックリ 身のまわりの方々が(ボクの所属先)クチを聴いてくれて ちょうど創設2年目のチーム「Nichinao SiDI Campagnolo/日直商会」へ選手として加入する運びが決まり このチームには欧州のレースを深く経験のある先輩選手もいて 昨年までのボクの走りと実績を買ってもらい迎えてもらった まあ潤沢な資金を持つチーム 機材やウエアーはもちろん 選手として万全で 全てが守られサポートされた その代償は「結果(走りとリザルト)」まさに臨むところだった チームの拠点は神奈川なので住まいも神奈川へ移し 主軸の先輩選手は口癖のように「向こうでは」と欧州の選手と国内の選手の比較を語り「国内でこんな走りをしているようじゃ向こうでは走れない」レースの少ない日本では練習で追い込むことができないと 欧州の選手と戦える選手にはなれない(もちろん国内如きのレースでの走りでも同様に)向こうでは走れるようにはなれないと常に豪語 なので毎日のチーム練習では毎日ガチの真剣勝負練 ガツガツ脚を使いに行って 前に前へ出る練習では メンタル面でも追い込む練習 レースの方が「よっぽど楽だ」このチームが優れていたことは 自分たちはアマチュアで(欧州の)プロを目指し チーム全員が魅て(練習)レースをしていた このシーズン ナショナルチームにも呼ばれ遠征も度々 カテゴリー的には定められてはいなかったけど 国内での組織化されたチームの先駆けだったのかと想いだす

紙一重なスリリングな状況を味わいながら 新たなる環境の構築 常に挑むスピリッツ ためらうことなく臨んでまいります


ご質問 問い合わせなどは ココ

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20191218

Webミーティング


微妙な立ち位置で商売をしているので(笑) コンセプトを測り調整 精査し絞った情報の発信「TOPページ」こんな感じ フフ

(ちょうど)10年前 どっぷり漬かっていたトレーナーの修行から「そろそろ戻らないと」と 自転車レースの環境へ サイクリストへ向けた(解剖学や運動生理学の)セミナーを開催し始めた頃 自力で(タグの組み合わせで)工作していたウェブサイトを公開していたんだけど システムの会社さんより声を掛けて戴き 現在のサイトに至り 今回また継続しサポートを戴いています まあ当初から想い考えて行動していることは変わらず継続して来ていて 方向性にブレはないんだけど「専門性」フォーカスが鮮明に解ってきたことから 新設する運びとなった 実務としてトレーナーの仕事 また育成事業としてアンダーまでの自転車選手との関わり そして社会人選手とのコミュニケート パーソナルトレーナーとして「自身のカラダを真剣に考える」全ての方へ また施術者(治療医やリハビリの施術者)への指導 メディカルチェックよりパフォーマンスと不具合のリベアー(リハビリを含めケガの完治) 欧州を目指す選手へは メディカルチェックから練習とトレーニング レースサポート 自転車レースの「そもそも」 あとキャリアサポートと これまでの活動報告を載せたサイトになります

概要とカタチは概ね完了しているんだけど サーバーの件と内容の修正を整えてからの公開の予定です シーズンのトレーニングも始まり グリーティングカードや年末の準備も 身のまわりの整理と スケジューリングと調整 施設のリフォームも残っていて 若干カラダもギリな感じで保っていて まあスリリングでたまらない充実感 スピード感ある実に面白い時間を楽しんでいます サポート供給を戴き 一緒に創ってきた仲間 クライアントとメンバーの皆さん 応援を戴く方々 ボクは本当に恵まれてて 感謝の限りです

まあ ボクのサイトなので 小難しく解り難いクドイ内容になるんだけど 意義のある発信をしてまいります 


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20191216

闘いに臨む:U15. U17. ジュニア. U23


まあそもそ ボクは不良サイクリスト あまり「お行儀は良くない」ってことで そもそもの走り 勝つとか負けるとか 速いとか遅いとか「毒も吐く」でもクチ回す以上 脚が劣っていては道理が通らない訳で なので ぬるい連中とは走れない

ㇶヨっていて勝負ができるほど 自転車レースは軽くない「ガチ」と言ったって極めることができなければ とてもじゃないけど勝負に至らない 勝った負けたの勝負の場に着くために「カラダの準備」が必要で 間違うことなく また雑にならないよう 勝負できる脚 闘うことができるカラダ 誰にも負けない誓える精神力を 研ぎ磨き築き創りあげる その行動からのみ 自転車レースで戦うための資格を得るってことだ 「やるか」「やらないのか」選手次第 モタモタしているよでは 才能に至らない

僅かな妥協 ブレることなく極めます

U15. U17. ジュニア. U23
http://www.charipro.com/Practiceclub/PracticeClubJunior2020.pdf


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20191214

Conditioning Room(仮設)


運用が始まり 早速ジュニア選手とのセッション メディカルチェックから座学 仕組みと理論 練習のそもそも ヒアリングしながら現状の検算作業 そもそもの修正も施す

今期の集計 公開された世界のフィットネス事情(レポート) 施設数(スポーツジム・フィットネスクラブ)また登録会員数 日本は欧米や欧州に及ぶことなく水を空けた数値なんだけど 市場(売上)では世界トップ「5位」(NEXT e-book)ビジネス的な効率では「世界イチ(1位)」アナリストの分析も同様 ボク的にも日本は「スモールビジネス」に特化しているのかと まあどうしても 国内の自転車レースの環境を映して比べてしまうんだけど この国内 商売的な効率は言うまでもなくブレブレだよな

「プロ化」いわゆる『スポーツビジネス』国内のスポーツ市場では(日本ではマイナースポーツ)各種目でプロ化の動き 底辺の拡大とか競技の発展を掲げ「プロリーグ」を組織化する動向は各所で声があがり でもプロとかアマとかの括りではなく 既に数千万円の収入を稼ぐマイナースポーツの選手の存在がある現実から 現存するリーグ(チーム・団体)をプロ化 お題目を掲げても商売につなげる動き 空気感なのか温度差なのか矛盾を思わせる訳で 僕が拠点としている施設(1Fのスケートリンク)でよく眼にする 欧州車で悠々と練習に来るアイスホッケー選手と 大きな機材一式を抱え電車で移動する選手がいたりと 世界のレベル NHL(National Hockey League)世界のリーグで活躍する選手であれば 億単位の年俸を稼ぐ訳で 自転車レース界でも似たような構図だ 近年は国内のプロリーグ(JPT)の選手は就職先ができ(これもまたスモールビジネスかな) まあでも国内で稼げぐホッケー選手ほど(国内の自転車選手)稼いでいる情報は聴かないよな

昭和初期に建てられた施設も化粧され 仮設のこんなスペース追いやられ さらに年末までに隅っこに押し込まれ まあ玄関先なんだけど コンディショニング(パーソナルトレーニング)のスペースを設置します まあ施設からは大切にしてもらっているので 追いやられてはいるんだけど(笑)妥協のない素敵な空間を案内できるよう尽力してまいります


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20191211

出番の準備


既に 2020年シーズン 2週目に入り 諸々身の周りも様々な動き 国内と海外からの情報も 考え深い事柄も多く ボク自身の環境も些細だけど地に脚を付けた環境と変化を辿る

先日 セッションを終え 着替えを済ませメールのチェックをしていら ボクの直ぐ脇にモゾモゾト立ち尽くす少年が 振り向くと「スタミナを着けたいんですけど どうしたらいいでしょうか?」と質問 僕が提携している神宮外苑の施設のスクールで練習をしに来ているフェンシングのジュニア選手 この日も多くの選手が練習に訪れて来ていて 元ナショナルチームの選手がコーチを務めていて(現ナショナルのコーチも務める) このスクールからは全日本クラスの選手も輩出しているフェンシングクラブ 『年齢は?競技歴は?スポーツの経験は?いまどんな練習をしている?』必要な情報をヒアリング 小学校まで野球をしていて(小学校)高学年からフェンシングに移行している中学2年生「病みあがりでスグに疲れてしまう」とも言っていて病名もヒアリング インフルエンザから回復したばかりだと言う 練習を抜け出してきたジュニア選手へ(ボクのセッションが終わるタイミングを計り歩みよる)瞬間的にオレもスイッチが再び完全に切り替わり『内分泌と言って生理学と運動生理学の話しからになるけど』と言い切る前に「大丈夫です」と 強い意志からはっきりと返ってきた

僕らの仕事は「待つ仕事」特に高いレベル程 選手が来てくれなければ「なにもできない」(プロチーム)Jリーグやプロ野球のコーチ達との交流でも「選手の意思」特に米国のメジャーでは如実だそうで カラダのことや練習のことなんか まるっきり放置 コーチやトレーナーは雇われていても 選手からのアプローチがなければ なにもしない(なにもできない) まあでもオレ達「準備は決して怠らない」全ての準備は常に継続し 選手の先を読み測り 知識と技術は研ぎ続け 出番を視測って着々と備える訳だ

東京五輪に伴い 神宮外苑ゴルフ練習場が年内で(一時?)閉鎖となり ボクの提携施設がゴルフ場に模様替え 隅っこの追いやられ(苦笑)結局片隅に(狭いけど)ボクの部屋が創られた 当初の展開から 2転3転し落ち着き 昨日よりオペレーション開始 まだ仮設な感じなんだけど コンディショニング(パーソナルトレーニング)のスペースは確保 定員 2名で完全パーソナル ミーティング(カウンセリング)もできるし みんな 気軽に遊びに来てほしいです フフ

施設と提携しているって言っても「フリーランスのトレーナー」まあ身は軽いけど やっていることは極めて熱みのある仕事 出番の準備を怠ることなく臨んでまいります


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20191204

ギア比「2.8」の法則 2


「LSD(Long Slow Distance)」タラタラ走ることとは明確に違います ゆっくり走る練習だけど 時速「30~35km/h」ギア比「2.8(ギア比=フロントチェンリング歯数÷リアスプロケット歯数)」ギアは固定して(変速は一切しない)ペースを維持し走る練習を指します

このギア比(2.8)で固定して走る意味と理論は明確で 酸化系の筋繊維の増幅を図ることにより 赤血球の増加に伴うヘモグロビンが生成する機能の強化 筋繊維(1本づつ)へのアプローチ 命令系統(反射の除去 随意運動から不随意運動へ移行させる『脳のメモリーに刻み込む練習』)の練習 酸化系の筋繊維を使い切り順番通り(→中間繊維→OBLA→解糖系の筋繊維)脳で命令し随意運動することにより 内呼吸(酸化系の筋繊維でのガス交換)エネルギー供給の仕組み(内分泌)の強化となるわけだ(ザックリ) そのためには「(風)空気抵抗や僅かな傾斜 回転数(ケイデンス)が下がっても(落ちても)しっかり丁寧に刻むように筋繊維へ負荷を掛ける」負荷に対して変速(ギアチェンジ)しているようでは 有効な「LSD」の負荷が掛からない仕組みだ 1本の筋繊維へのアプローチを 練習ではガッツリ丁寧に レースでは繊細に(仕掛ける時)使いに行く時と回復(レース中に休む)脚の使い方を使い分ける またこのギア比は(年齢やキャリアは関係なく)人体の構造より カラダ全体を使って(反射を除去し)脚を使うことに最も適し効率が良いと解っている練習法

僕らの時代には「ギア比制限」は定めだれていなかったんだけど わずかだったけど欧州からの情報(映像と雑誌)子供たちが固定車(ロードをトラックの「2.8」固定ギアに組まれた自転車)で練習していて オフの練習では著名なプロ選手達も(42-15)(または固定ギア車)の自転車で(2列で話しをしながら)チーム練習していて そんな情報から 誰から教えてもらうことなく 自転車レースの基礎(基本)であることを理解していた さらに 1つまえの記事(心拍HR「1」/100)でも告げていること「筋繊維を 1本づつ使う」基礎の脚(カラダで脚を使う)を身に着けることが『カラダの準備』ってこと 厳しいレース 高速での展開では 些細な無駄脚が才能に直結する訳で 基礎の地脚(カラダの準備)ができていなければ 積極的に使う脚や(最初から展開し)後半から行く脚には至らない 高速のスピードレース(登りでもフラットでも)集団で「脚を休め回復させる」身に着け備えることができなければ その先へ辿ることはできないってことだ まあその代表する練習「LSD」を説いている

その「LSD」の 1つ延長線に ギア比「2.8」(緩いスロープ 3~8%)「SFR(Slow Frequency Revolutions)」ってのがあって 緩いアップダウンより(2.8 固定)(下りでも脚は止めない)雑にならないようシッティングで刻むように負荷を筋繊維へアプローチする練習法に SFRの初級練習としての「LSD」も実に大切 まあまさに「遅く走る練習」なんだけど 言うまでもなく楽に走っているようでは練習にはならない訳で シーズンへ向けての脚(カラダ)を創るオフの練習になる まあボク的には通常の基本練習「倍数掛ける練習」(倍数掛けて登るタイプだったので) ※補足:ギア制限が解放される選手は こうした練習から「倍数(ギア)」の『かけ方』を習得する練習でもある

また トラックレースでの基準として レースギアでは(U17から)「48-15(16)」より開始し「49-15」へシフトアップしトラックレースで勝った負けたの勝負を始めるギア比(ちなみに競輪学校の実技試験のギア比は「49-15(3.27)以内」) 言うまでもなく 自転車レースは脚を回してなんぼの競技 倍数踏み踏みでスピードを上げても レースでは話しになる訳もなく 脚を回す基本ができて この地脚を身に着けることからでしか 負荷を上げる ギアを掛けること 加速につなげる スピードにつなげる脚の回転とがイコールにはならない訳だ 6day's(この時期の欧州でのトラックレース)や トラックのワールドカップの選手の練習ローラーでの回転練習では「(レースギア比で)5回転(/1秒)スプリンターだけど」凄っ また(トラックレースで)世界のレベルに挑むアンダーのトラック選手達でも この辺りは基本中の基本で 固定ギアなので 回転を上げることで加速する訳だ「レースギア比で回し切る」このあたりのプロセスの理解 選手のセンスとも言える 川崎のバンクで度々 まだ身体もできていない(競輪選手を目指す中学生)モーターペーサー練 ギア比「2.8」のトラックレーサーで サドルから腰が跳ねることなくどんどん引っ張られ加速(空回転ではなく)脚を回しガンガン引っ付いている姿を見ちゃ「回転」脚を回す基礎基本の重要性を極々戒める訳だ 

「LSD」(フラットメインでアップダウンも含め)100~200㎞ ガッツリ走ってきてから 55km/h(~60km/h)まで加速して維持(数回繰り返し)ラストはスプリント シーズン中はレース中心になってなかなか乗り込めないので オフシーズンに確実に乗り込む オフの乗り込み次第でシーズンが決まる訳で シーズンに入ってから「乗り込み不足を痛感」(まあ痛感できる選手は救われるが) まあ難しい練習ではない 200キロ走ってから時速が「60キロ」までスピードが上げられないのなら 基礎の地脚が身に着いていない もしくは「スピード練習(トラック練とか チーム練55km/hで先頭交代など)」ができていないのか その原点に「1本の筋繊維」から始まる仕組みと理論の存在がある

ギア比2.8の法則(2013.05.19記)
https://charipro.blogspot.com/2013/05/28.html
(雑誌のコラムに載せた記事)


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